『楽園追放 -Expelled from Paradise-』の爽やかさが良かったお話

『楽園追放 -Expelled from Paradise-』というアニメが、Youtubeの東映アニメーションミュージアムチャンネル(公式です)でパチスロ化記念に限定配信されているのをたまたま見ました。良かった。
今週の金曜日(2021年9月10日)までの公開なので、こんなブログ読んでいないで今すぐ見てきてください。見てきてから戻ってきてください。戻っては来てほしい。

Youtubeのおすすめ欄に出てきたから見たのですが、決め手は「脚本:虚淵玄」という文字。この文字を見た時点でもう怖さにだけ包まれてるんよ! ワルプルギスの廻天、いつまでも待っています。
そんなに風に怖いもの見たさや期間限定だからどうせだし、といった感じで見ましたが、良い意味で裏切られました。あんなレモンゼリーのように爽やかな虚淵玄が存在するとは思わなかった……。

SF男女バディもので、主人公のアンジェラは仮想空間「デーヴァ」(「ディーヴァ」かもしれないけれど、意味を考えると多分「デーヴァ」なので以降は「デーヴァ」で表記します)で生きる保安官です。彼女は受精してから1300時間は肉体がある旧人類として存在していましたが、それ以降はずっとデーヴァの中で生活しています。
向上心の高いエリートで、今回の任務でも他のエージェント(保安官)たちを出し抜こうとマテリアルボディ(任務中に赴く肉体が必要になる地上=リアルワールドで活動するための生身の器)の培養時間をはやめ、実年齢は20代半ばですが16歳相当の肉体で任務開始します。ちなみにこれ以降仮想空間デーヴァに戻っても16歳の姿のままです。”癖(へき)”を感じた。
肝心のアンジェラの今回の任務は何かというと、近頃デーヴァの治安を荒らしている「フロンティアセッター」という存在をどうにかすること。デーヴァは宇宙ステーションのようなところに存在し、フロンティアセッターはそのデーヴァ内ではなく、かつてナノマシン技術暴走「ナノハザード」によって文明が崩壊した地上世界からハッキングしていること”だけ”がわかっています。
そのためアンジェラはわざわざリアルワールドに赴き、現地調査員エージェントであるディンゴ(本名:ザリク・カジワラ)をバディとして任務を遂行していきます。というお話。

言ってしまえば物語自体は割と王道というか、一昔前のSFバディものそのもの。本当にこってこてな記号論から外れていない作品なのですが、最初にも言った通り非常に後味が良い。
冒頭数分でわかる世界観・最低限のメインキャラクターたち・互いの存在で成長するキャラクターたち・最後の大盛り上がり・主題歌。このあたりがそう感じる理由ではないかと思います。104分という少し短めの尺ということもあり少々駆け足気味なところは感じますが(主に後半のアンジェラ)、見る価値は間違いなくある。そんな作品です。
もう一度言いますが、少しでも気になる方は是非見てきてください。検索したところAbemaとアマプラで配信していた過去はありつつもどちらも終了しているようなので、気になっていた方には丁度いい機会なのじゃよ。

以下ネタバレあり感想

いや本当王道SFバディものだし、キャラクターもこってこてなんですよ。
優秀で管理社会で生きてきた(勝ち抜いてきた)からこそ、肉体的生活娯楽等の意味が分からない、素直になれないアンジェラ(cv.くぎゅ)。奴隷化を嫌い地上にとどまり続ける、有能だけど素行不良なディンゴ(cv.みきしん)。進化で生まれた人工知能で、だけれども、だからこそ自分自身のことを把握しきれていないフロンティアセッター(cv.神谷浩史)
だからこそいいというか。SFものだけどわかりやすいんですよね。そのことも相まって104分という時間で理解できる。綺麗にまとまっている。
ストーリーも、本当にここで云々語る必要がないほどに映画内で見事に説明される。別にお話が簡単とかではなくて、説明が理解しやすい、といった感じ。

管理社会で生きていた機械的な人間と、独自進化を遂げてきた人間的な機械(人工頭脳)。
フロンティアセッターが非常に人間的で、言動の節々に機械らしさと人間らしさが良い塩梅に共存している(アンジェラもなのだけれども)。フロンティアセッターがアンジェラとは対照的にロックが好きで、実際に続きを予想して造り出してしまう。ジェネシスアーク号製造はフロンティアセッターの仕事というか存在意義なので、そうではないものを(恐らく趣味や興味に分類できるような感情で)造り出している、これをクリエイティブと言わずとして何と言うのか。クリエイティブという行動は人間の特権のように語られることも多々ありますが、それをアンジェラではなくフロンティアセッターがしているというのが、また、良いよね!
ディンゴにセッションに誘われて実際にセッションしていたり、「寂しい」を理解する前にも後にも一緒に行きませんかっていろんな人を誘っているのが、また良い。結果として一人で行くわけだけれども、エンドロール後の歌も相まって非常に希望溢れる船出です。いつかどこかの星で出会った生命体にも、彼は一緒に行きませんかと手を伸ばし続けることでしょう。歌はつまりは主題歌なのですが、見送る時にディンゴも歌っているし、もしかしたらフロンティアセッターとディンゴのセッション中に生まれた歌だったりして。予想して作っちゃうんだもん、ありえるよね!

アンジェラはディンゴがきっかけで変わるのですが、実際に彼女が殻を破ることが出来たのは、どちらかというとフロンティアセッターの存在が大きいでしょう。そんな守りたいフロンティアセッターに救われて、フロンティアセッターと守り守られる存在になったところで、アンジェラの表情が変わるようになる。本当、フロンティアセッターが救出した後のアンジェラは表情豊かで、20代半ばよりも16歳よりも幼く感じます。
管理社会からの脱却も意味しているのだろうけれど、地上にうまれ”おちた”天使(アンジェラ)って意味もあるんだろうな。いや本当がらりと変わって駆け足気味だと感じるには感じたのですが、それを差し引いてもふっきれて文字通りに生き生きしているアンジェラは良い。
あとどうでもいいけれど、最初のアンジェラが地上におりた時の碧の液体から出てくるシーンは、その、非常にセンシティブ、でしたね! いや癖だけど!

あとは、赤面の意味が前半と後半で変化するのも良いですね。前半の赤面は体調不良による肉体機能による赤面で、後半(終盤)の赤面は照れという感情機能による赤面。デーヴァに存在していたら前者はできず後者はできたはずなのに、そんな感情機能による赤面が成長の証として存在する。地味に好きポイントです。

進化で生まれたフロンティアセッターと、実質生まれたときから仮想空間にいるアンジェラ。どっちも人間で、どっちも機械だったのだろうな。

宇宙(そら)からおちてきた天使(アンジェラ)は、地上で彼女を受け止めたディンゴ(野犬=犬=守るもの)と、これからをどうやって過ごしていくのでしょうか。
アンジェラのマテリアルボディは、成長する気もするししない気もする。細胞ごと再現していたら成長するけれど、背中に精神転移系のパーツがあることを考えると成長しない気もするので……。それでも彼女は地球に地上にうまれおちて、作中でアンジェラの成長を見守ったり暴漢から物理的に守っていたディンゴに引き続き見守られながら、生きていくのでしょう。
アンジェラとディンゴは、恋愛要素のあるバディでも恋愛要素抜きのバディでもいい。どちらにせよ、カルチャーショックにいちいち笑いあいながらも、戦いの最中に見た緑の夢を見続けて、笑いながら生き延びていくのだろうな。
いや本当に後味のいい作品でした。出会えて良かった。
廻天怖いけど早く来てほしい。

追記
改めて振り返って、ディンゴが最後フロンティアセッターを人類だと認めるところも好き! となりました。あのシーンがあったからこそフロンティアセッターが前向きに出発できたからです。
フロンティアセッターが信じてきた自分自身の存在意味の肯定と、旅経った後のフロンティアセッターが何かしらの知的生命体に出会った時に胸を張れるための言葉。良い。あのシーンがないと恐らくフロンティアセッターは、旅の途中で使命感と寂しさで押しつぶされてしまう。大切なシーン。それを伝えられたらと思っていた。

『落下の王国』が性癖に刺さったというお話

12月8日、地上波で『落下の王国』という作品が流れました。円盤の配給会社が倒産したとかで円盤中古価格がやばいことになっている作品です。
Twitterのダイマ祭りで初めて知ったのですが、いや映像美!(粗品さん風) って感じでしたので、その日ぎりぎり休みだったことと自宅の録画機が死んでいることもあり、リアタイしてきました。んもー、好きになっちゃいましたね……。
同じく今年初めて見て惚れた『AKIRA』のような「キメなくちゃ……!」という感じではないのですが、『落下の王国』は心の柔い部分に深く刺さって抜けなくなる感じ。全体的に「優しいのに残酷」といったお話でした。硝子細工みたいな。

以下『落下の王国』のネタバレあり。

ロイは多分、映画界に戻っていないと思いました。というより自殺を試みることを止めなくて、そのうち成功してしまうんじゃないかな。
映画の上映会シーンでロイが戸惑ったような様子のシーンがあるのですが、そこがロイがいるはずのシーンでいないから戸惑ったのか、ロイがいないはずだったのにいたから戸惑ったのか、それがわかりませんでした。人間を見分けるのが苦手なんじゃ……。
後者なら何も問題はありません、ロイは映画界に戻ります。例え生涯映画作品一作しか出れなくても絶望することなく、アレクサンドリアとの思い出を糧に挑戦し続けると思います。
問題なのは前者。ロイはアレクサンドリアとの思い出を、特に最後に見せた笑顔を、胸に、成功するその日まで自殺を続けていくのだと思います。

でもアレクサンドリアにとってはロイは生き続ける。ここが少女の瞳から見た世界の優しさと残酷さをうまく表しているな、と思いました。
落下=ロイなんですよ。アレクサンドリアにとっては。落下がロイを表す記号なんです、ロイと自分を表す記号なんです。

そもそも二人の出会いからして落下でした。二人して入院理由は落下だし、アレクサンドリアが手紙を落としたから始まった交流だし、アレクサンドリアはロイが巡らせた策に落ちたし。
基本的に作中内でも「落ちる」という記号は比較的マイナスなイメージで使われています。特に終盤、アレクサンドリアがロイのためにモルヒネを取ろうとして落ちた後のシーンなんて言わずもがなですね。
この一件でロイは自分がアレクサンドリアに与えた影響というものを改めて感じて、それを酒で逃げたくなる程度には最初は道具だった筈のアレクサンドリアに情を抱いていて。こんなんオタクが好きなやつやん! ってなりました。オタク特有の主語のでかさを許してください。

ロイが語る物語の登場人物たちもそうです。ダーウィン(+おさるさん)は落とされて死ぬし、ルイジは崩れ落ちて足掻きながら死ぬし、霊者は歯を落として(落とされて)死ぬし、オッタ・ベンガはアレクサンドリアを落とされるものから守って死ぬし、インド人(これが名前なんかいってつっこみました)は綱を切り落として死ぬ。
自暴自棄のように俺の物語だ(=俺はどうせこんな人間なんだ)ってどんどん仲間たちを殺していくロイが、山賊でさえも水に落として殺そうとするのを、アレクサンドリアが泣き叫んで止めます。「二人の物語よ!」と、ロイがアレクサンドリアに影響を与えていたように、ロイもまたアレクサンドリアに影響を与えられていたということに気が付かされるわけです。

ここから作中物語の「落ちる」意味合いが少し変わってきます。山賊がペンダントを自発的に「落とす」のです。惚れた女との決別をもって、娘と歩む未来を選択して。マイナスイメージではなくプラスイメージの記号として使われるわけです。そんなの、好きに決まっているんだよな……。
ところがあくまでそれは作中物語だけのお話です。現実はロイとアレクサンドリアは離れ離れになるし、実際にロイが前を向けた可能性は低いです。それでもアレクサンドリアという少女の中で、ロイ・ウォーカーという臆病な青年は生き続けるんだろうなって。ロイ・ウォーカーは実際に歩き続けたのか、続けられなかったのか(今気が付いたけど皮肉な苗字だな)。本当のところは本人しか知らないし、アレクサンドリアは真実を追求することはなく歩き続けたと思い続けるのでしょう。
やるせないせつなさというか、そんな感じのものが胸の柔い部分に刺さって抜けないお話でした。映像美で見始めたのに普通にお話が好きになっちゃった。

それではこんな好きしか言っていない感想を読んでくださり、「ありがとう、ありがとう、ありがとう!」

令和にもなって初めて『AKIRA』をみたって話

2022/2/20 「●鉄雄が見ていた幻覚について」の項目を付け足しました。

2020年現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に猛威を振るっています。日本もその例に漏れず、緊急事態宣言や外出自粛といったことが日常になっています。それに伴って様々な業界が、家の中でも楽しめる娯楽の提供や無料体験に力を入れておられます。

まあ真面目な前置きはここら辺にしておいて、そういう状況下で期間限定配信をしていた大友克洋監督の映画『AKIRA』を令和の世にもなって初めてみたところ、見事に虜になってしまったので、今更ながらいろいろ考察とか感想とか書きたいっていうお話です。
有名な作品ですし名作ですし、割といろんなところで言われているかもしれませんが、好きなものは好きなので書きたいと思います。まだ片手で収まるくらいしか見ていないので、改めて見た時に気が付いたことがあったらもしかしたら増えるかもしれません。
原作もいつか揃えたい。電子書籍に抵抗が未だにあるんですよねぇ……。
余談ですが原作のネタバレをできれば踏みたくないという気持ちから、感想・考察サイトめぐりはしていません。登場人物の名前を確かめるためにWikipediaのAKIRAページの映画版の項目だけ参照しました。

因みに事前知識は例のバイクシーンが良く色んなアニメなどでパロディされているなってことしか知りませんでした。「さんをつけろよデコ助野郎」の元ネタだということも知りませんでした。初めて見た時、あ、元ネタこれなんだぁ!? ってなっちゃった。そのレベルです。

以下、映画版『AKIRA』のネタバレをがっつりしています。

●金田と鉄雄の関係性

ホモソーシャルにおける関係性を表すものって、何があるでしょうか。
例えば友人。例えば親子。例えば兄弟。例えば師弟。言い方はいろいろあるけれど、ぱっと思い浮かぶのはこの辺りではないかと思います。
これら全てを、金田と鉄雄は二人で補っていました。

彼らの出会いは養護施設でした。鉄雄がおもちゃをいじめっこに取り上げられて泣いていたところにおもちゃを取り返してきてくれた金田がやってきて、二人の交流が始まります。この際に金田も「自分もあいつらにいじめられたことがある」という旨の発言をしています。

つまり何が言いたいのかと言うと、金田は最初から「自分がいじめられていた時に助けてくれる人はいなかった」→「鉄雄の味方になることができるのは自分しかいない」+「同様に自分の味方になってくれるのは鉄雄しかいない」だし、鉄雄は最初から「自分がいじめられた時に施設の大人は守ってくれなかった」→「自分にとっての味方は金田しかいない」+「同様に自分が味方になれるのは金田しかいない」なわけです。

二人はホモソーシャルにおける全ての関係性を自分たちで補う選択肢しかなかったわけです。ファーストコンタクトのせいで力関係が「金田>鉄雄」気味なのは否めませんが、それでも金田は鉄雄をちゃんと尊重していたことが作中で分かります。(詳しくは別の項目にて)
友と友、父と息子、兄と弟、師匠と弟子、他にもいろいろ。これら全てを、二人は無意識のうちにそれぞれで補いました。
愛憎が入り混じろうとも、他に人がいなかったのです。文字通り互いが唯一の存在でした。

逆に言えば、そんな自分たちにできないヘテロソーシャルの関係性を金田と鉄雄の二人は外部で補っていたと思います。ケイやカオリ、あと作中に出てきた金田のグループの取り巻きみたいな女の子たちがこれにあたります。
念のために断っておきますが、これはヘテロ差別やホモ差別ではなく、彼ら個人の性自認や性的指向の問題です。

ただここで、ケイもカオリも、金田と鉄雄の「唯一」にはなれないということが問題として存在します。
どんなに金田がケイに一目惚れをした事実があっても、どんなに鉄雄がカオリを好きでいても、深層心理のレベルの話で二人は「代わりはいる」と認識してしまいます。
カオリはわかりやすいですね。力が制御できなくなった鉄雄に殺されています。「殺したくない!」と叫んでいますがカオリと同じ状況だった金田との間にラグがあったことを考えると、この時点で無意識のうちに鉄雄は金田>カオリという構図を取っていたと考えられます。
というのも、事前にカオリは鉄雄を自分の知っている鉄雄ではなくなってしまったこともあって拒否してしまっています。無理のないことなんだけど、その後にやってくる金田は鉄雄のことを拒否しないから余計に無意識のうちに二人の違いが鉄雄の中で生まれてしまっている。タイミングが悪かったんだなあ。
ケイはちょっと説明が難しいんですけど、鉄雄が生きている時の金田にとってのケイって、「竜が唯一のケイ」なんですよ。鉄雄が生きていた時は金田も「鉄雄が唯一の金田」なので、逆に互いを唯一にしない前提があるからこそ惹かれていたところはあるのかもしれない。そしてその「唯一」を失ったもの同士で寄り添って生きていくEDに繋がる。

●鉄雄にとっての金田

鉄雄が金田に対して卑屈な思いを抱いていたのは、まあ否定できません。劣等感とかネガティヴ・コンプレックスとか、そこらへんの鬱屈とした負な感情。
でもそれって「社会」ができたから生まれた感情であって、多分養護施設に居たころの二人きりだった時にはなかった感情だと思われます。比べる対象や比べる人がそもそもいなかったんだから。(「社会」については次の項目でも)
養護施設に居たころも多少の見栄はあったと思います。でもそれは、弟が兄に対してかっこいいところを見せたい、みたいな。そんな珍しくはない可愛らしいものであったと思います。そういや金田と鉄雄の年齢どうなってんだ? 同い年かな。同い年だとしたら、それはあまりにも運命的で残酷ですね。

鉄雄はこの負の感情を消化したくて、金田に自分を認める(=頼る)ように作中で迫る。ところが金田はこの負の感情もひっくるめて鉄雄だと思っているし鉄雄のことをとっくに認めているので、鉄雄が自分に何を求めてきているのかがわからない。このね~、このすれ違いがね~、辛い…………。

鉄雄が作中で明確に金田に助けてと求めているシーンって、病室で夢から目覚める際の時と終盤での一連の流れの二つだと思っています。
病院で夢から目覚める時、この時まだ鉄雄はAKIRAの力を制御できていませんでした。夢の中で幼い日の鉄雄と金田が遊んでいて、鉄雄が何かに飲み込まれてしまう夢を見て金田に助けを求めながら目が覚める鉄雄。この夢からわかることって、
①鉄雄の幼少期には基本的に金田がずっと傍にいて、金田以外はそうではない存在であったこと。
②鉄雄にとって金田は常に笑いかけてくれる=慈しみを与えてくれている存在だと(恐らく無意識に)認識しているということ。
③同時に鉄雄にとって金田が「自分が彼に助けを求めれば」答えてくれる存在であったこと。
の三つだと思います。だからこそ力を手に入れた鉄雄が「今度は自分が金田を守ることができる番だ」になるんですけど、その金田が鉄雄に守ってと言わないものだからどうすればいいのかわからなくて、金田のピンチを作り上げる状況へ持って行ってしまって、そして力に飲み込まれてしまう。終盤はもう説明不要ッ! って感じ。見ている俺も飲み込まれてしまうよ……。

●鉄雄を否定しない金田

作中で鉄雄は変化します。変化、進化、変容。まあどんな言葉を使っても大丈夫なのですが、変わる前の鉄雄を知る人たちからは何かしらのリアクションを取られます。

例えば山形。バーで再会した鉄雄にどうしたんだよと詰め寄ります。
例えば甲斐。同じくバーで再会した鉄雄に怯えます。後退ります。
例えばカオリ。オリンピックスタジアムにいる鉄雄の元まで行きますが、変わり果てた右腕や鉄雄自身に恐怖を示します。

ところが金田はリアクションがありません。
鉄雄に怯えを示すことも後退ることもありません。どうしちまったんだよと言うこともありません。
金田にとっては、鉄雄は鉄雄なんです。どんなに変わろうとも進化しようとも、例え肉の塊になろうとも。もはやアガペーに近いよ、アガペーなのかな。

鉄雄が一度施設を抜け出した際に、金田やカオリと再会するシーンがあります。山形・甲斐もいました。
頭痛が酷くなりドクターたちの手によって鉄雄は「回収」されてしまうのですが、その前のやりとりはこんな感じ。

カオリを傷付けたクラウン(敵対不良グループ)を殺すと言って殴り続ける鉄雄、止める金田。それに逆上する鉄雄

鉄雄に頭痛発生。近寄ろうとする金田に「近寄るな」と鉄雄が言ったので、金田は足を止める。

尚も頭痛に苦しむ鉄雄。一定距離を保って見守る金田と、心配して近寄る甲斐とカオリ。

ドクターたちが鉄雄を回収。金田が黒服たちに襲い掛かろうとするが鉄雄はそのまま連れ去られてしまう。

といった感じ。

ここでポイントなのは、金田は鉄雄に拒否をされて足を止めたのではなく、「今は近寄って欲しくない」という鉄雄の意志を尊重して足を止めた、ということです。
対して甲斐とカオリは鉄雄に近寄ります。これは鉄雄を尊重していないとかではなく、鉄雄を心配してのことです。ただ、その時の鉄雄が求めていたのは心配じゃなくて尊重だった。

金田は多分、鉄雄が「今日は俺が”兄”役をやりたい」みたいなことを言えば、それを受け入れることが出来ます。というか養護施設に居たころはやっていたかもしれない。
ところが養護施設時代と違うのは、彼らにグループという「社会」があるということです。
金田が鉄雄を”兄”役と認めても、山形や甲斐を始めとしたグループのメンバーが認めないことでしょう。金田は組織のボスとしてのカリスマ性がありすぎた。
ヤンキー社会での上下関係というのは単純な力のみで構成されるわけではありません。力だけだったら一匹狼やはぐれものも当てはまるしね。
単純に喧嘩が強い・力が強いといったことに加えて、面倒見が良いことやカリスマ性といったものが組織のボスには求められます。そして金田にはそれが備わっていた、備わってしまっていた。

●「感情制御」の象徴としてのバイク

尾崎豊さんの『15の夜』に「盗んだバイクで走り出す 行き先も解らぬまま」とあるように、バイクというのは思春期のもやもや~ぐるぐる~とした、どうしよもない行き場のない感情を象徴するものという見方ができます。

そんなバイク、しかもとびきりピーキーなものを金田は乗りこなしているんですね。一見お調子者で感情のままに生きているように見える金田は、実際のところ騒動に巻き込まれてもうまいこと自分の感情を制御して生き残ることができています。
逆にバイクを乗りこなせていない(序盤のバイクシーンで一度止まってしまう上に事故に遭う)鉄雄は、一見大人しくて感情制御ができていそうにも見えますが、実際のところは本編を見てわかる通りに自分の感情がうまいこと管理できていません。
そんなバイクに乗っている序盤のバイクシーンで金田と鉄雄は基本的に互いの名前を呼び合っているのだから、二人の無意識のうちの想いとか、この後の展開とか考えて俺は苦しくなるよ……。

バイクと言えばもう一つ。鉄雄は金田のバイクを求めていますが、ある時を境に興味を無くしています。そのある時というのが、バーのマスターと山形を殺した時。
顔の知らない誰かを殺す次の段階、自分の日常に居た人たちを殺した段階に至った時に、鉄雄の感情制御が「できない」方向に振り切ってしまった。振り切ってしまったならもう「感情制御」の象徴は必要ないですよね、制御することを止めたんだから。

●「AKIRA」

「AKIRA」(ここでいう「AKIRA」はアキラくんのことではなく作中で披露されていた超能力的な力のことを指しています)って結局何だったのだろうって考えて、「それぞれの願望や本質を表す力」だったのかな、って考えで落ち着きました。

作中で明確に力を使っているのは、鉄雄とナンバーズの3人。ケイはあくまでナンバーズを手伝っていたとのことなので、作中ではまだ目覚めてはいなかったのかなって思っています。あと一ヶ所だけ、金田の力なのか鉄雄の力なのか判断が付かないシーンがあったのであとで考察します。

鉄雄の力について。
鉄雄は作中でいろんな力に目覚めるのですが、一番使用している力はやはり破壊の力だと思います。他者や物体を破壊する力。人間も物体もぺっちゃんこのぐっちゃぐちゃにできる代物。圧倒的な暴力というものは力の象徴としてわかりやすいかわりに、気が付かないうちに使用者を孤独にします。
ただ、その力を鉄雄は金田”本人”には向けたことがないんですよね。死ね死ね言うくせに。金田の周りを破壊したり金田に向けて何かを落としたりはしますが、本人に力を向けたことはない。この矛盾が鉄雄本人も気が付いていない一番の本音だと感じました。

最後に、一ヶ所、金田の力なのか鉄雄の力なのか判別がつかないシーンが個人的にありました。それがSOL投下時に金田とその周囲を膜みたいな力で守られていたシーン。その後に降り注ぐ鉄筋に当たらない金田のシーンもあるのですが、あれは完璧にナンバーズの方の力ですね。
SOLのあれが金田の力だったら、金田の本質はやはり「守りたい」ことであるということになりますし、鉄雄の力だったら、鉄雄はやっぱり金田を「殺す」ことではなく「認めて欲しい」ことが本心ということになります。おほほすれ違いよるわい、地獄か?

●鉄雄が見ていた幻覚について

鉄雄が見ていた幻覚は、おもちゃです。クマ、ウサギ、車のおもちゃです。これらは固定されており、そして恐らく、ナンバーズたちを表しているのだと思います。

クマ=一見かわいいぬいぐるみに見えるが、最初に会った時に攻撃を喰らったタカシ
ウサギ=唯一の女の子であるキヨコ
車=常に浮遊するカプセルで移動するマサル

です。

で、なぜ彼らが鉄雄の幻覚に登場するときにそう置き換わっているのかといいますと、「鉄雄の精神年齢の幻覚では、ナンバーズの力(AKIRA)がそう見える」からです。
鉄雄にとっての金田との思い出の品の一つに、おもちゃがあります。金田がいじめっ子から取り返してくれたヒーローのおもちゃ。そして、取り返してきてくれた金田はまさしく鉄雄にとってのヒーローでした。

鉄雄にとって世界構築や人間を俯瞰してみる上で、置き換えられる可能範囲がおそらくおもちゃだったのだと思います。おままごとで配役指名するように、人形遊びの役割を割り振るやり方が、鉄雄には一番やりやすかったのです。
幻覚自体は、ナンバーズが鉄雄に見せていたものではなく(ナンバーズの病室登場シーン的にもそう判断できます)、鉄雄が力をうまく使えずにうなされてみていたものです。

恐らく、物語終盤の金田が見ると別のように見えるのだと思います。例えば、珈琲 / 紅茶 / 酒、みたいな。

結局のところ、幻覚が見えた見えない・どんな幻覚であった、にしろ,金田が力に目覚めた場合、なんだかんだで使いこなせます。
で、金田はそれを、鉄雄を守る方面で使います。
鉄雄はそれが嬉しいけれど、同時に悔しくて。能力に目覚めるのが金田であっても、二人には悲劇が待ち受けていそうだなあ、と思いました。互いが互いを想い合って大切にしあっているのに、難しいね。

●生命賛歌・宇宙誕生

作中で炎(爆発)と血の描写が多いなあとは初めて見た時から思ってはいたのですが、見終わってから生命賛歌を表しているのだと思い至りました。

血はもう言わずもがな生と死の象徴であるので今更説明はしません。
炎は、不死鳥が誕生するように、コノハナサクヤ姫の火中出産のように、生と死の両面を併せ持った象徴です。生命の誕生という生命賛歌にはこの上ない存在、扱いを間違えれば死ぬだけというお話。

ただ、炎というものは罪の象徴でもあるんですよね。プロメテウス。罪と成長の証。金田と鉄雄は成長したし、成長してしまったし、罪を受けました。
神話的要素つながりだけど鉄雄の肉塊化にはオイディプスコンプレックスとそれに伴う罰が下されたってのもありそう。

とりあえず思ったことを書き散らしました。深読みしすぎかなという反面、この作品は深読みを許してくれる作品だという気持ち。

また見た時に気が付いたり思いついたことがあったり、原作を読んで理解が深まったらどんどん書いていきます。追記した時はここに書いておきます。

2022/2/20 「●鉄雄が見ていた幻覚について」の項目を付け足しました。

AKIRA 感想